とある大学生の勉強メモ

バカでもいいじゃない,子供でもいいじゃない.

LGBTQとアセクシュアルの諸問題整理

 昨今セクシュアルマイノリティ及びその理解者の努力によってLGBTQの認知度は高まり、法整備などが進みました。セクシュアリティ潜在的に持っていて、個人の努力や他者の介入で簡単に変えられるものではない、というイデオロギーが強くなりました。マイノリティで不遇を強いられていた人も堂々と自分の言いたい事を言える、確かに良い事のように聞こえます。

 そもそもこれらセクシュアリティとは人同士の関係で恋愛感情が生まれるかどうかという事を焦点にしています。

 ここで言葉を整理しましょう。

 

・恋(恋愛、好きになる)

これは論理を抜いたバイアスを相手にかけてしまう事で、好きになるという事。つまり相手ともう一度したい事がいくつもある状態です。これは脳内でPEAと呼ばれるホルモンが分泌されていると言われており、何ヶ月かで分泌が終了してしまいます。

 

・愛(愛する、信じる、愛情)

これは単に相手の言う事を信じる事で、相手のアウトプットの重み付けを大きくする事だと捉えられます。オキシトシンとか関係していそうな気がするんですが、まだよく判っていません。

 

・LGBTQ

レズビアン、ゲイ、バイセクシャルトランスジェンダー、クエッションの総称。その他アロマンティックやアセクシュアルなどがある。

 

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 セクシュアリティとは恋の成分に関してです。なのでLGBTQやアセクシュアルなのに結婚するの?っていう質問が割とナンセンスだという事が判りますよね。なぜなら結婚する理由は別に恋だけじゃなく、人間的に信用するかどうかも含まれているからです。むしろ信じられるかどうかの方が大切だと直感的にも思いませんか? なので結婚するかどうかは実はあまりセクシュアリティとは関係ないのです。

 性行為と恋愛の関係を次に考えます。まず性行為は人間に先天的に本能付けられた行為の一つで性欲発散は必要なフェーズになっています。ただ単なる発散行為以外にキスやハグによって得られる快楽ホルモンの味を脳が記憶して、もう一度欲しいというモチベーションを生む事があります。これらは後天的な条件付けです。アセクシュアルの人は恋人と上記の行動をしてもPEAが分泌されない脳構造になっていると考えられます。脳の構造は複雑で人それぞれで違うので、このような構造になる事に何ら不思議はないです。

 このように脳の構造を細分化して捉える事は一向に構いません(カテゴライズしてカオス化する事でマウント取る事に夢中になってる人達はどうにかして欲しい)。そもそも諸個人が同等の性質を持っていないので、様々な恋愛観があって当たり前です。ただ性欲を持たない人が急増というフレーズは良くないと思うんですね。多くのLGBTQやそれに続くフェミニストがプロモーションを行う過程で、セクシュアリティのマージナルマンが恋愛感情を消す方向に性格移動することを恐れています。アセクシュアルっていうセクシュアリティがあるんだけど、自分も恋愛できないからそうなのかなぁ、って心の中で無意識に自己決定していまう可能性です。加えて自己肯定の為にアセクシュアルという言葉を利用するケースです。

 だって中には本当は恋愛したいけどできないからそれを押し殺してっていう人もいるわけで、逆に結婚願望があることを言えない人だっているわけなんです。そう言った人達は周りから言われて長年自分に刷り込みをかけて、潜在的セクシュアリティを自分ならざるものに決定されているわけです。

 要するにセクシュアリティってしたいかどうかっていう事に結論づくわけですが、したいかどうかなんて自由意志ではないんですよ。殆どの場合出来る事がしたい事に時間をかけて刷り込みを受けて誤変換するのです。「いやこれは自分の意志だ」っていう人がいるかもしれないけど、できないという思考刷り込みをサブリミナルに受ければ、やりたくなくなるのです。逆にできるという思考刷り込みで人はやりなくなるものです。そういう風に脳はモチベーションを制御するドーパミンを統制しています。

 僕がアセクシュアルの増加で懸念して言う事は言うまでもなくこういった恋人の減少です。なぜそれを懸念するかというと一つは少子化っていうのもありますが、それ以上に幸福感が減少するのではないかと思っているんです。

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 PEAによる幸福感は非常にインスタントかつ強力な幸福材なんですね。多くの人は恋愛を幸福として頼っていた側面が強く、それに代替するものがなかなか見つけられていないのが今の現状です。それをたとえばゲームなどで得る事はリアルに勝っているのか、それで本当に犯罪数は減るのか、などを考えてしまう訳です。最近Twitterで女児が男性に強姦される事件を見ましたが、そういう事件って刷り込みしきれずに自己の統制ができず暴発してしまうケースだと僕は思うんです。 

(これが本当かどうかは知らないですが、同じ事件は実際に起こっています。確かに件数は昭和に比べればかなり減少している。監視カメラの増加や対策が進んでいるというのが背景にあるけど。)

 やっぱり人は社会承認欲求が必要ですし、その為に恋愛っていうのがインスタントなステイタスだった。けどそれが失われつつある現代、どうやって多くの人を幸せにさせられるのか、難しくなるような気がしてならないんです。当然承認欲求は学術やビジネス、スポーツの世界など様々ありますが、昨今で新しくできたものではありません。承認リソースは限られているわけです。このままでは減っていく一方な気がしてしまうのです。

 じゃあ二次元やアイドルとか事足りますか? 犯罪をしてしまうのは誰からも承認されず、一方的にアウトプットしかしなかった人だと思うんです。愛情をインプットされない、誰からも信用されない人達が本当にこのまま幸せに生きていけるのでしょうか。セクシュアリティの細分化にはそういった側面がある事を忘れないで欲しいものです。